以下はその内容です。参加者に届く内容で 早速べつの方にも聞いて欲しいということで次なる会場での弁士依頼があったそうですが…。引き受けてくださり ありがとう。
保育園で仕事をしています。
今、京都市内の民間保育園では、京都市の保育に対する予算削減と、国レベルでこれから行われようとしている保育制度の改悪も重なって、「これからどうなるかわからないから、今以上の財源の確保と、生き残るための園の独自性・新たな事業が必要!」と、そこで働く保育士の処遇について法人側から逆提案され、一時金がカットされそうになったり、赤字を生み出さないためにも各園ごとに職員の年齢構成を平らにすることが必要…と、大規模な職員異動が行われたり、親のニーズに応えることがなにより大事…と、早期教育?英語・体操・ピアノ・茶道などオプション教育?に力を入れる保育園が増えてきていることを、とても危惧しています。
…でも、本来保育園の役割は「できる子にしたい」「他者より秀でてほしい…」というような偏った親のニーズに応えたり、小学校の下請けをするようなところではなく、夢中で遊べる物的環境と、気持ちを通わせ合える友達や保育者のいる人的環境の中で毎日を過ごすことで、生きる力を培い、生活の主人公となれるような土台をつくるところだと私は思っています。
その中で今回尾崎さんが、子どもの貧困をなくすことをまず第一に決意表明してくださったことに大きく励まされ、嬉しく思っています。
今、保育園に来ている子どもたちの中にも、朝ご飯を食べられずに来る子、夕ご飯のおかずが一品だけの子など、物理的・金銭的な貧困の影響を受けている子どもたちもたくさんいますが、それ以上に「私のこともっと見て!」「僕の話きいて!」と一生懸命アピールしているのに、受け止めてもらえず、気がついてももらえない子など、「心の貧困」の影響を受ける子どもたちが増えています。
お父さんは仕事が忙しく、毎日夜中にならないと帰ってこない…お母さんは、食事の準備に洗濯に「忙しいから…」と、DVDやスマートフォンのアプリ、ユーチューブなど、最近のツールが親代わり、家での遊び相手になっている子どもたち。
朝ご飯を、向き合って食べさせる時間の余裕がないから…と、自分で手で持てるパンを持たされ、一人でテレビを見ながら食べてくる1歳2歳の乳児さん。
そういう子どもたちは、親がお迎えに来て、家に帰るまでの、保育園でのほんの一瞬が貴重な自分の事を見てくれる時間だということをわかっているのか、一生懸命帰ることを抵抗しています。そんな姿を見ていて心を痛める毎日です。
…そいういう子どもたちの心の声を直感的に捉えて、みえるように・伝わるように代弁し、可視化していくことこそが、私たち保育士の専門性だと思っているのですが、保育の現場はどうか…というと、一人ひとりの心の声に向き合うための余裕はなく
「せんせいあそぼ!」の声に「ちょっとまっててな…」と返すのが当たり前になってしまっている毎日。まだまだ自分だけをみていてほしい!と主張する子どもたちに、安心できる生活を保障するためには、もっと豊かな人的環境が必要です!
子どもの成長だけじゃなく、人と人がともに生きる過程というのは、目には見えないものです。それを公的に守るからこそ、福祉なんだと思います。
何かの結果がでないから…とお金を削るのはおかしいです!
できる・できないで、はかるのはもうやめてほしいです!
お父さんもお母さんも、好き好んで今の物理的にもメンタル的にも余裕のない生活をしているのではありません。しんどい状況の中でも「楽しく子育てしたい!」「笑顔で毎日を過ごしたい」と精一杯がんばっています。
だからこそ、未来を生きる子どもたちの命・成長を守るために、だれもが安心して暮らせる府政にするために、なんとしてでも尾崎知事の実現を…そのために、ともに頑張ることを決意して発言を終わります
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